第5章 親による子の世話
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1. 動物の親子
親はくちばしにいっぱい虫を持ってきては、一番大きな口を開けて要求しているヒナの口の中にそれを押し込む
子育ての最盛期には、親は毎日合計400回も往復をする
ある学者によると、「子の世話の形態は、鳥類においてその頂点に達した」
生物界を広く見渡せば、この世話など全くしない動物もたくさんある
2. 親による子の世話のいろいろ
卵の大きさ
雌は、卵につけた栄養というかたちで、すでに子どものためにいくつかの世話をしていると言える
卵にたくさん栄養をつけるほど、親の投資は大きくなる 卵の大きさは動物によって様々
親の身体の大きさに比例しているわけでもない
16世紀の哲学者フランシス・ベーコンは、哺乳類が本当に卵から発生するものかどうかを確かめようと、何頭もの雌ジカを解剖してみたが、とうとうシカの卵を発見することはできなかった 実際、ダチョウの卵は動物の単細胞としては最大のもの
親の体の大きさと比較した場合、最大の卵を産む鳥は、ニュージーランドのキウィ 夜行性の飛べない鳥で体重2200グラム
キウィの卵は400グラムもある
タラは1回に200万個の卵を産むが、一つの大きさはタラコの一粒
サケの卵(イクラ)は直径が約5ミリ
カツオは卵の直径は1ミリもない
卵の大きさと、1回に産む卵の数、そして、その後の子どもの世話との間には関係がある
一般に卵の大きさが大きいほど、1回に産む卵の数は少なくなり、そのうえ、そうやってできた子どもに対して親がたくさん世話をする傾向がある
哺乳類は例外で、どの種も目に見えないほどの卵だが、母親は妊娠と授乳という大変高度な世話を必ず行う ウサギやネズミ、ブタが、哺乳類としては多産な方だが、それでもせいぜい10匹くらい 卵生、卵胎生、胎生
母親が受精卵を自分の体内にとどめ、自分の体から栄養を与えて育てる繁殖様式
母親が卵を産んで、からだの外に出してしまう繁殖様式
母親が受精卵を体内にとどめ、子供になってから出産するが、その間、母親が自分のからだから子どもに栄養を与えることなく、子どもは差良しの卵についた栄養だけで育っていくもの
人間は子宮の中に胎盤という組織ができ、胎盤を通じて母親から胎児に栄養が回される このようなかたちの胎生は、哺乳類の胎盤動物にしかない しかし、胎盤という組織を持つのではないが、それ以外の方法で母親が子を体内にとどめ、栄養を与えて育てる胎生は、様々な動物で何度も進化した
哺乳類の胎盤とほとんど同じような作りの構造を備えている
種類によって1.4cmから15cmしかないしかない動物だが、その妊娠期間は15ヶ月もある
これらの種類はみな、雌が腹部に子どもをとどめて育てる
南米に棲んでいるピパというカエルの仲間は、母親が背中で妊娠する 配偶が終わった雌の背中に受精卵がくっつくと、背中の皮膚が盛り上がってきて、卵を全部包み込んでしまう
母親の背中の上で酸素をもらって育った卵は、オタマジャクシ、または子ガエルになって背中から飛び出していく ニューギニアでまた、卵を背中にのせて育てるカエルが発見された
子育てをするのは父親のほう
子ガエル達が父親の背中にずらりと並んで頭をもたげている写真があったが、どんな世話の形態なのか、まだ詳しいことはわかっていない
子どもや卵に対する世話行動
卵がかえったときに備えて、子が実際に生まれてくる前に親が何かをしておいてあげる行動
昆虫のジガバチなど狩りバチの仲間は、地面に穴をほったり、竹などの節の中の空間に場所を作ったりして、そこに卵を産みつける 幼虫のエサとなるバッタや芋虫などを卵と一緒に入れておく
生み出した卵に対する世話行動
親は卵を温めて発生を促さなければならない
雄は、砂、枯れ葉、小枝など、総重量にして最高5トンにもなるほどの材料を、掘っておいた穴に運び込んで、直径が12メートルにもなる大きな塚を作る
雄の大事な財産であり、そこで求愛をする
ツカツクリの雌は、交尾の後、その塚に大きな卵を数個産んでそのまま立ち去る
雄は卵の上にさらに枯れ葉や砂を塚の地熱で卵を温める
外気や太陽の具合を見ながら調節する
これを6ヶ月も続ける
自分の体温のほうが手間はかからなそうだが、ツカツクリがなぜそうしないのかはよくわからない
昆虫の中にも卵の世話をするものがある
どちらも卵の世話をするのは雄
コオイムシの雄は、卵を背中に背負って育てる
卵によく酸素が補給されるよう、脚で水をかき回して水流を作る
タガメは雌が水面から少し突き出た茎や棒の上に卵を生み、雄がその世話をする
卵が乾燥しすぎないようにし、カビが生えたり病原菌にかかったりした卵を取り除くなどの世話をする
孵化や出産のあとに、餌をやったり保護したり、一人前になるための技術を教えてやったりという、子に対する世話行動
すべての哺乳類は、一定期間授乳をする
多くの鳥たちも、餌を与えたり、餌のある場所へと誘導したりする
哺乳類も鳥類も、単に栄養を与えるだけでなく、子供の体温を暖かく保ち、危険から守ることもするし、独り立ちまでの間、いろいろなお手本を見せる
3. 親による世話の至近要因
多くの動物では繁殖サイクルの全体が、このリズムで変化するホルモンに支配されている 相手を見つけて配偶する
子どもができたら子育てに入る
子育てが終わると、次の繁殖の準備にとりかかる
しかし、子どもが生まれれば、このようなホルモンが働いて、自動的に子育てが行われるようになる、というものでもない
哺乳類における親の世話行動の至近要因
ラットでは分娩前から、プロゲステロンのレベルが急激に下がり、エストロゲンのレベルが上がる そして、妊娠中ずっと低く抑えられていたプロラクチンのレベルが急上昇する このホルモンレベルの変化によって、新しく生まれてきた赤ん坊をなめてやったり、ミルクを与えたり、からだの下にいれて温めてやったりするなどの世話行動が引き起こされる
しかし、実際にどのホルモンがどのように変化することによって世話行動が誘発されるのかは、哺乳類の中でも、種によって異なるので大変複雑
ホルモンが働けば必ず子の世話行動が出てくるということでもなく、逆に、ホルモンがなければ世話行動が起こらないということでもない
一般に動物は、自分自身の子ではない赤ん坊に対しては、無関心であるか、忌避するか、または攻撃的に振る舞う
しかし、子どもを産んだことのない若い雌ラットに、毎日1,2時間ラットの赤ん坊を見せると、5、6日で雌はその赤ん坊に対して世話行動を見せるようになる
雄ですら、自分と全く関係のない赤ん坊の姿を見ていると、雌のときよりも時間はかかるが、それでも世話行動を見せるようになる
また、出産直後のラットの母親に2, 3時間自分の赤ん坊と接触させたあと、記憶を消す薬を飲ませ、自分の赤ん坊との接触を忘れさせる
そうすると、ラットの母親は再び赤ん坊を見せられても世話行動をしなかった
ラットの場合、出産直後の記憶も重要な働きをしているようだ
ラットの母親の世話行動がずっと維持されていくためには、赤ん坊側からの働きかけがあることも重要
赤ん坊を舐めたり嗅いだりしながら世話をするが、その時の赤ん坊の匂いや動きが、さらに母親の世話行動を誘発していく
それはヒツジでも同じで、ヒツジの母親は、赤ん坊がメエーメエーという声を出しているのを聞き続けていないと、世話行動を維持しない 子ヒツジの測定する研究で苦労した
子どもを捕まえられてしまった母親はやがて歩き去ってしまう
血液採取、体重計測、識別タグ付けの間、もうひとりは双眼鏡で母親の動きを見ながらメエーメエーと真似して叫び続ける
そうしないと母親は自分の子どもが死んでしまったと思い、子育てをやめてしまう
親による子の世話行動は、基本的には妊娠、出産に続く様々なホルモンの支配下にあるが、赤ん坊との相互交渉によって維持されていく部分もある
哺乳類のごく一部には、父親も母親とほとんど同じくらいに子のせわをする種類がある
カリフォルニアネズミでは、実際に子育て中の「父親」と、つれあいが妊娠中の「これから父親になる雄」と「独身雄」とに対して、自分の子ではない赤ん坊を見せたところ、「父親」の80%が、「これから「父親になる雄」の56%、「独身雄」の19%が世話行動を見せた
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しかし、攻撃性に関係のあるテストステロン濃度は二種類の雄間で違いはなかった マーモセットでも、プロラクチンについてはカリフォルニアネズミと同じ結果が得られているが、さらに「父親」と「これから父親になる雄」は、「独身雄」よりもテストステロン濃度が低いことがわかった
雄は妊娠、出産を自分で経験するわけではないから、これらのホルモンの変化は、つれあいとの相互交渉を通して間接的に引き起こされたものに違いない
鳥類における親の世話行動の至近要因
雌の鳥では、巣作りや、卵の上にすわって温めるという行動は、プロラクチンの働きによる
鳥が抱卵を始めると、鳥のおなかの羽毛が抜け落ちて、抱卵斑というものができる その部分には血管がたくさん分布しており、体温が高くなっている
子育てに参加する雄の鳥においても、交尾に続いて雄の血中テストステロンレベルが下がり、プロラクチンのレベルが上がることによって、雄の世話行動が引き起こされる しかしハトの仲間で、雄の巣作り行動とホルモンのレベルを調べた研究によると、雄の巣作り行動は、どんなホルモンが血中に高濃度であるかには関係なかった つれあいの雌が何をするかによっていた
カッコウやホトトギスなどの鳥は、自分で卵の世話をセず、他の種類の鳥の巣の中に卵を産み込んで育てさせることで有名 托卵鳥では、卵を生んだ後にも抱卵斑はできないし、卵を温めようとする行動も現れない
ホルモンの分泌パターン自体は、托卵鳥でも変わっていないが、彼らの神経系がそのようなホルモンに反応を示さないことによって起こっているようだ
また、ヒレアシシギなどのいくつかの鳥では、雌ではなく雄のみが卵の世話をする 当然のことながら、雌ではなく雄にのみ抱卵斑ができ、雄のみがヒナを守ったり、餌をやったりする
ホルモンを人工的に注入する実験によると、ヒレアシシギでは、プロラクチンとテストステロンによって、雄に抱卵斑ができることがわかった
鳥においても、子の世話行動を引き起こす基本には様々なホルモンの働きがあるが、それ以外の視覚的、触覚的刺激も必要であることがわかる
実際、子の世話行動に関与しているホルモンの働きは、ここで述べたよりもずっと複雑
同じホルモンでも動物の種によって働き方が異なっていたり、ハトの例のように、表面的には同じ行動であっても、雄と雌とで、その発現の仕組みが全く違っていることもある
ヒトの子育て行動
理由の一つは、ヒトの母親に特有の典型的な「子育て行動」がないから
どんな行動をどれほどするかは、社会、文化、時代によって様々
観察も大変で、ホルモンを実験的に加えたり除去もできない
先にいろいろな哺乳類の例で見てきたように、子育て行動は、たしかにホルモンによって制御されているが、ネズミにおいてすら、それはなにがなんでも自動的に生じるようなものではない
周りの環境との関係による
ヒトの場合は、特に母親自身を取り巻く社会環境に大きく左右されている ヒトの母親の子育て行動とホルモンとの関係の中で、これまでにもっとも精密になされた研究の一つはアリソン・フレミングらによるもの 生後3, 4日の赤ん坊を持つ母親を対象に、質問紙調査と、血中ホルモン濃度の測定と、行動観察の3つを同時に行った
自分が子どもに対してどのような感情を抱いているかという質問紙の回答内容とホルモン濃度の間には何の関係も見られなかった
しかし、赤ん坊を抱き上げる、話しかける、あやすなどの実際の行動が出現する頻度は、それぞれの母親たちによってかなり異なり、このような「愛情行動」の頻度の高い母親ほど、血中のコルチゾル濃度が高いことがわかった さらにこの関係は、妊娠中ずっと赤ん坊が生まれるのを楽しみにしていた母親において顕著だった
コルチゾルは母親に全体的な注意喚起の状態をもたらし、そのことが間接的に赤ん坊に細かく気配りをするようにさせたのだと考えられる
しかし、コルチゾルと子育て行動との本当の関係は、よくわかっていない
この研究でも、妊娠中から赤ん坊が生まれるのを楽しみにしていた母親と、そうでない母親との間には、ホルモン状態に違いが見られた
このように、ヒトの場合、母親がどのような人間関係、社会状況のもとで子育てするのかということは、母親自身の状態に様々な複雑な影響を与える
4. 親による子の世話の究極要因
世話行動の進化
どのようにしてより多くの子どもを残すかということには、大きく分けて2つのやり方
なるべくたくさんの卵を産み、世話はせずに、その中の何匹かが残ることに賭けること
数はそこそこにしておいて、その子達の世話をすること
どんなときに親による子の世話が進化するのかといえば、確率に任せたのではやはり子の生存が危ういとき
捕食圧が高い、子にとって餌が得にくい、他種との競争が激しい、同種内の競争が激しいなど たとえば、カエルの仲間では、全体のおよそ70%でなんらかの子の世話が発達している 両生類でありながら地上で繁殖することと密接に関連している 水の中に卵を大量に産むカエルの仲間には、親による世話はない
卵を乾燥させないようにし、捕食者から守るには、たくさん世話をしなければならないのだろう
どちらの親が子育てをするべきか
カエルや鳥など、雌が卵を体外に産み落とす種類では、その後の子育て行動は、雄のみが行うものも、雌のみがおこなうものも、両親がそろっておこなうものも、さまざま
このことは、これまでおもに「ゲーム理論」を用いて研究されてきた どちらの性が世話をするかは、それぞれの性の個体にとって、相手が何をするか次第で、行動の利得が変化することと密接に関わっているから
たとえば、雄が世話をするとき、雄がそれによってどれほどの繁殖に成功するかということは、雌も世話をするのか、しないのかによって変わる
雌に関しても同様
相手の出方によって自分の行動が変化するような状況を取り扱う数学的な方法がゲーム理論
いま、雄親と雌親とがいて、双方にとって、「子の世話をする」という選択肢と「子の世話をしない」という選択肢があるとする
生存率($ P_0 < P_1 < P_2)
$ P_0:両親がともに世話をしないとき
$ P_1: 片方の親だけが世話をするとき
$ P_2: 両親がそろって世話をするとき
産む卵の数($ w < W)
$ w: 雌が子の世話をしないときに産む卵の数
$ W: 雌が子の世話をするときに産む卵の数
$ p: 雄が子の世話をせずに出ていった場合、別の雌と配偶する確率
雄はつねに1匹より多くの雌を受精させるのに十分な精子を持っていると考えられているため
雌の繁殖成功度を規定している要因は、雌自身が卵を作る速度であり、何匹の雄から精子をもらえるかということではないと考え、雌が別の雄を配偶する確率は、ひとまず考えに入れない
このように変数を置いた場合
table: メイナード=スミスによる子育てゲーム
雄\雌 世話する 世話しない
世話する wP₂ \ wP₂ WP₁ \ WP₁
世話しない wP₁(1+p) \ wP₁ WP₀(1+p) \ WP₀
雄親も雌親も両方揃って世話をする
雌が産める卵の数はやはり$ wであり、この生存率は$ P_2なので、残る子の数は$ wP_2となる
両者の繁殖成功度は一致する
雄親が世話をしないで雌親が世話をする
雌が産める卵の数$ wで子の生存率は$ P_1
雌が残せる子の数は$ wP_1
雄は世話をしないで余分の雌を見つける確率が$ pだけあり、その雌も世話をする雌であるので、雄として残すことのできる子の数は$ wP_1(1+p)となる
雌が子の世話を「する」という状態を考える
雄も「する」→$ wP_2
雄は「しない」→$ wP_1(1+p)
$ wP_2 < wP_1(1+p)→ 雄は「しない」という選択肢をとる
$ wP_2 > wP_1(1+p) → 雄は「する」という選択肢をとる
そもそもどういうときに雌は、子の世話を「する」という選択肢をとるのか
雄が世話をしてもしなくても、雌が世話をしたときのほうが、しないときよりも繁殖成功度が高くなるとき
$ wP_2>WP_1 \land wP_1 > WP_0のとき
具体的に、$ w=2, W=4, P_0 = 0.1, P_1 = 0.5, P_2 = 0.8, p = 0.4と置く
雌が子の世話をしなければ卵の数を2倍に増やすことができる
親の世話がまったくないと子の生存率は10%とかなり低く、両親の世話があると80%になる
雄が世話をしないで出ていくと、40%の確率で他の雌と配偶できる
この変数のときには、雌は子の世話を「しない」が雄は「する」という$ WP_1の場合が、両者にとって$ 2.0というもっとも繁殖成功度が高くなる状態になる
このようなゲーム理論のモデルにあてはめるために、実際に野外で変数を測定して確かめるというのは大変な作業
アフリカから中東にかけて分布
場所によって、雌だけが世話をする集団と、雄だけが世話をする集団とがある
実際の集団では、モデルのような単純なかたちで、両者にとってもっとも繁殖成功度の高い点になっていることは示せなかった
おそらくこのようなモデルでは、実際の野外の生物でやっていることを表すにはまだまだ単純すぎるのだろう
5. 親による子の世話の発達要因
どんな動物であれ、最初からかなり上手にできるものでなくてはならないはず
一生涯に一度しか繁殖しない生物では、すべての子育て行動は遺伝的に組み込まれているはず
生涯に複数回の繁殖が可能な動物であっても、生まれてくる1匹1匹の子どもはすべて大事なので、最初の1,2回は練習で、途中で失敗して死んでしまってもいいというものではない
初めての出産でも、生まれた赤ん坊をさかんに舐めてきれいにし、乳を飲ませ、排泄を促し、遠くに離れそうになると首根っこを捕まえて自分のそばに戻す
これらの行動は、どれも最初からうまくできなければ子供の生存に関わるので、その大部分は遺伝的に組み込まれ、ホルモンによって支配されている
しかし、イヌやネコであっても、初産の母親はやはりぎこちなく、いろいろな間違いもするようだ
さらに、危険が迫ったと感知すると、母親は、子どもたち全員を運んで安全なところに移動させる
イヌ科やネコ科の母親の動物が、この点に関してどれほど優れているかという「美談」には事欠かない
特に霊長類では、経験とともに子育て行動がうまくなっていくことが顕著なようだ ニホンザルの雌は、野生状態ではおよそ5歳で最初の出産を迎える 初めて母親になったサルは、ぎこちなく、危なっかしいこともする
ニホンザルの赤ん坊は両手と両脚の指で母親の腹に捕まって運ばれる
最初のうちはまだ握力が弱いので、母親が片手を添える
母親は三本足で歩く
筆者が観察したある母親は、右手と左手と両方で同時に赤ん坊を支えて歩こうとして、前につんのめったことがある
こんなことは経験を積んだ母親では見たことがなかった
初産の母親
赤ん坊の位置を直せなかったり、赤ん坊が居心地悪そうにしていることに長い間気づかなかったりする
初産の母親二頭が並んで居眠りをしていたときに、赤ん坊を取り違えたことを観察した
自分の赤ん坊に乳を飲ませるのが下手
子供好きな3歳の雌に赤ん坊を取られたまま2時間もほったらかしにする
事故で赤ん坊を死なせてしまう
経験を積んだ母親ではめったにみられない
鳥においても、ベテランの親のほうが繁殖成功度が高くなっているようだが、純粋に経験によるものなのか、からだの成長によるものなのか、より相性の良い相手とつがいになれたためなのか、よくわかっていない
6. 親による子の世話の系統進化
親による子の世話は、異なる動物の系統で何度も独立に進化してきた
サメやエイなどの軟骨魚類は全部で600〜800種ほどいるが、その中の半分以上にわたる420種において胎生が見られる 一方、アジやサバなどの硬骨魚類では、全部で2万種以上もいるのに、胎生なのは510種 全体のおよそ15%が胎生
胎生の進化
卵生の動物がだんだん長く体の中に卵をとどめておくようになっていくところから、進化したのに違いない
しかし、卵を体内にとどめておけば、親自身の動きが鈍くなり、産むことのできる子の数も経る
そこで、完全に卵生だけでいるよりも、少しでも体内に長く子をとどめておいたときのほうが、子の生存率がずっと上がる時にのみ、このような繁殖形態が生じたと考えられる
実際、昆虫類でも両生類や爬虫類でも、胎生の種は、それらと近縁な卵生の種と比べると、厳しい環境に棲んでいるものが多くなっている 産んでしまった卵の世話をするという行動の進化
産んだ後に親がその場所にとどまることから進化したと考えられる
親が卵の世話をする魚類の多くでは、父親が世話をするが、それは雄がなわばりを持っていることと関係しているだろう 鳥は爬虫類(特に恐竜の仲間)と近縁であることが知られているが、爬虫類の多くは、トカゲやカメのように、卵を地面に埋めて、後は世話をしないというパターンが多い ところがナイルワニでは、雌が自分の卵を埋めたマウンドのそばに残り、子が孵化してくるのを待つ 孵化した子を口に加えて移動させたり、危険から守ったりする
ツカツクリの雄の地熱による「抱卵」行動は、このような爬虫類的祖先が行っていた行動から派生したものだと考えられる
哺乳類の雌におけるミルクの生産は、プロラクチンというホルモンによって制御されている ハトの仲間はヒナがかえると、胃袋の中に特別の栄養のある液体を分泌し、それを口移しにヒナによることによって子育てをする 魚の仲間にディスカスという種類があり、彼らは自分のからだの表面に分泌される粘液で小魚を養う 哺乳類、鳥類、魚類と、異なる脊椎動物の仲間で、親が自分のからだから栄養のある液体を分泌して、それで子を養うという方式が何度も出現している
プロラクチンは単純なタンパク質で、脊椎動物の進化を通じてずっと変わらずに保たれてきたホルモン
プロラクチンは浸透圧の調節その他、何百という体内の働きの調節に関与している
このようなホルモンが少しずつ働きを変え、そのターゲットを変えることによって、いろいろな種類の動物で、授乳に似た親の世話行動が進化してきたのだろう